独学ライフ

素人サラリーマンが仕事をしながら様々な資格を取得した独学勉強法、資格の活かし方について解説します。

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独学ライフとは何者か?②「すまんな・・・」

投稿日:2020年1月13日 更新日:

あの日以来、全てを勉強にかけた。
地元の公立高校へ進学した。
世間では、高校生活といえば、花の高校生活だろうか。
部活の青春、恋愛、一番多感で楽しい時期らしい。
僕は相変わらずアルバイトを続けながら、無心で勉強した。
同時に、次の目標である大学受験でどうすれば3年間で勝算を得られるのか考えた。
大学受験に必要な科目は満点を目指し、そうでない科目はきわめて省エネだ。
経営戦略で言う、選択と集中だ。
高校は科目別に先生が異なる。
科目によっては、超優等生の一方で、科目によっては、いつも赤点と戦い先生と交渉する始末。
厄介な生徒である。

 

この頃だった。
激しくも、悔しくも、せつない思いにすごく共感したものがあった。
「ヘビィメタル」だ。
「ヘビメタ」と言えばどんなイメージだろうか?
世間一般では「にぎやかなでうるさい」というイメージだろう。
ただ、「ヘビメタ」と一言いっても全く違うのだ。
ヨーロッパのクラシック音楽を軸とした、いわゆる「クラシカルなヘビィメタル」。
哀愁漂うクラシック音楽の旋律を、より早く、そしてよりダイナミックに展開する音楽をいう。
いわゆる「ヘビメタ」を想像している人たちとは、一変想定外の音楽だと思う。
世間一般のヘビメタの印象があまりにも悪過ぎる。
美しいピアノの旋律、そしてバイオリンを始めとしたストリングスを基調とし、テクニカルな超高速早弾きのエレキギターを取り込んでいく。
激しさ、漂う哀愁感、美しさ、刹那感、それらを兼ね備えたクラシカルなヘビィメタルに囲まれている時間が僕の至福のひと時だった。
もちろん、そんな音楽を高校生で聞いている奴など、ほぼいない。
それでも、僕はこの音楽にただ一人、自分を癒していた。
そして、エレキギターとドラムにはまった。
音楽を奏でる素晴らしさを知った。

ちなみに恋愛はゼロかというとそうでもない。
同じ子に3年かけて3回玉砕している。
全くこれに関しては戦略の1つもない、アホガキだった。

 

そして、時は進む。
14歳から逆算した通過点、大学受験。
選択と集中の鬼の勉強を経て、難関国立大へ進学する。

キャンパスライフとはどういうものだろうか?
花の大学生活。いわゆるサークル生活、チャラチャラキャンパスを謳歌する時代だ。
もちろん、チャラサーにも少し興味があり、最初は足を運んだ。
ただ、1回きりだった。くだらなかった。時間の無駄と感じた。
こんなことをしている時間と余裕が僕にはなかった。
金がない、でも大学に来たからには吸収できるものは、し尽くしてやろうと思った。
なんせ、周囲の環境、友人、教授、設備、日本トップクラスだ。
鬼の勉強と全力の面接で授業料免除を獲得し、奨学金とバイト生活で大学時代を過ごすことになる。

そのころだった。
そんな生活にも慣れ始め、資金にも余裕ができ、世界を見たくなり、国内、世界を巡るようになる。
国による経済格差を身に感じ、それがビジネスチャンスと感じ、お金に余裕がなくてもお金を生み出す仕組みを見出し、それで世界を巡る手段を体得した。

 

時は進み、14歳から逆算した大手企業へ就職する。
国内でも一流と言われる大手企業だ。
だが、唖然とした。生ぬるさと、時が止まるような流れ。なんだこの手厚いガキ扱いは。
ぬくぬくと既得権限を謳歌してきた高齢社員。ここは老人ホームかよと。
それでも辞めなかった。
異動制度という素晴らし人事制度があるからだ。
大企業はぬるいと言っていた自分の言葉。
自分は甘かった。
なぜ、こんな巨大組織を維持し、マネジメントできるのか。誰がどうやっているのか?
なぜ、こんな巨額の売上と利益を毎年出しているのか。
どうやって、こんな組織や人を動かしているのか。
「巨大組織を動かす側」の立場に就いたとき、180度考え方が変わった。
そして、気づけば東京サラリーマン生活を奮闘していた。

 

あるとき、実家から電話があった。
「オヤジが癌で余命数カ月しかない」
飛んで帰った。
それまでろくにまともに会話をしてこなった。
顔色がすっかり変り果てたオヤジがそこにいた。
「おお~」
無理に元気をつくろうオヤジがそこにいた。
多くは会話しなかった。

それから想定よりも随分と早く、あの世に旅立ってしまった。

葬式の日、僕は無心だった。
淡々と事を進めている自分がいた。
皆、泣いている中、なぜ自分は泣けないのだろう。
不思議なくらいだった。
全体の仕切り、進行。
自分の任務をただただこなしていた。
そして、火葬場に送り出す前の、最後の顔見せの時が来た。
「ほら、あんたも花をちゃんと入れなさい!」
ただただ見ていた僕の手に、オヤジの姉から花を渡された。
僕はおそるおそる花をオヤジの顔の横に置いた。

その一瞬、あの頃に戻った。
震災の時の僕に対する返答。

オヤジの「すまんな・・・」。

自分はなんてクソガキだったのか。
自分はオヤジの立場だったら、間違いなく大人気なく子供に叱りつけていただろう。
オヤジは、学歴もなく、自営業も崩壊。家も金もなく、家族は自分含め自転車操業。
オヤジは、いつも元気をとりつくろうため、くだらない話しかしなかった。
それが嫌いだった。くそオヤジだと思っていた。
家もなく、金もなく、食いつなぐために夜も厭わず警備のアルバイトを必死にやっていたオヤジ。

オヤジの闘病生活の間、僕は離れてほとんど東京にいた。
母からはオヤジがよくベッドの中で「悔しい・・・悔しいねん!」と言っていたよ、と聞いた話をふと思い出した。

オヤジの「すまんな・・・」。

それまで一ミリたりとも流すことのなかった涙が止まらなかった。

 

 

【NEXT】運命のパートナーとの出会いとあの日のできごと。

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